フラメンコ日誌

スペイン企画社長のフラメンコ日記!現地スペイン出張の様子を中心に綴ります

Sevillaの自転車置き場
Sevillaの自転車置き場

Manolo Malinとツーショット
Manolo Malinとツーショット

Clara & Maria Jose
Clara & Maria Jose

集まってくれた応募者に、いつものように
まず私共の教室の紹介映像を見せて
1人ずつに資料(パンフレット、契約条件、DVD)を渡し始まりました。

1人目は男性ダンサーで踊りもしっかりして合格でした。
最後に念のため国籍を聞いてビックリ!
なんとベルギー人でした。
フラメンコはヨーロッパ全土への広がりをみせており
全てのヨーロッパの国にフラメンコダンサーがいると言っても
過言ではない状況だと思います。

2人目は実力もあるフランス人女性ダンサー
3人目はアルゼンチン人女性ダンサー
4人目はまったく駄目なマラガのスペイン人男性ダンサー

彼は初めから最後までしゃべりまくり弁解ばかりで
コンパスは全てSolea por Buleria
最後に僕は劇場の振り付けが専門とのコメントを残しスタジオを出て行きました。
みんな唖然?

最後は3年前から応募してきているCordobaの女性ダンサー。
凄く上手くなっていて、4回目で合格。
こんな努力するスペイン人ダンサーもいるのにビックリ?

Sevillaでは3人が合格という結果でした。

余談ですが、日本からこんな形で
フラメンコの先生を探しに来ているのを
スペインのドキュメンタリー製作の会社から取材したいとの申し込みがあり
オーディションの様子や、最後に私へのインタビューがあり
日本のフラメンコ事情や教室のことを話しました。
本当に放送されるの???



今回は福岡に来ていたClara
京都に来ていたViridiana
大阪に来ていたMaria Joseと3人が手伝ってくれました。

3人とも来年是非日本に行きたいとの事で
日本の生徒の皆様によろしくと伝えてくれとの事です。

帰り道であの偉大な振り付け氏でダンサーであった
Manolo Malinをバルで見つけてツーショット。
いろいろと昔話をしてSevillaならではの出来事に
アンダルシアを感じたひと時でした。

もうひとつ余談ですが、Sevillaに自転車が増えて
それもママチャリ、中心街は自動車通行禁止になり
街中を電車が走り・・・こんなSevillaの町の変化にビックリ。
衣装工房に向いている物件が見つかり早速引越しをすることになりました、引越し屋さんを探そうとしていたのですが、このalcalaで教会の日本人牧師さんに「治療中の麻薬患者中毒の人たちが自立のため引越し屋さんをしているので頼みますか」とのこと、ちょっと不安でしたが興味もあり頼むことにしました、約束の朝9時きっかりに到着、頑強な5人組みで、歯がぼろぼろな人や、ボディビルでもやってそうな大男、腕に刺青いっぱいのドイツ人、言葉がはっきりしない人等、一度見たら忘れられないような風貌の5人です、こわごわみんなに挨拶をしたのですが見た目とは大違いで皆陽気でさっそく作業が始まりました、2階からミシンを狭い階段を通っておろすのですが、頑強な彼らにとっては難なくスイスイと作業は終わり約2時間半で終りました、ご苦労さんという意味でバルで飲み物をご馳走しようとしたら牧師さんが飛んできて私も一緒に行きますとのこと、なぜならアルコールが禁止されているので彼らと私だけならアルコールを注文するかもしれないとのこと、頑強な5人組はコカコーラ、オレンジジュースなどを頼みました、私は冷たいビールをと思ったのですが彼らの為に我慢してジュースにしました、バルでは周りのお客さん達が怪訝そうな感じで私たちの様子をチラチラ見ていましたが気にせず日本では河豚の料理があって時たま命をなくす人もいるとの話に彼らはビックリ、麻薬中毒で命を落とす人を見てきている彼らにとっては麻薬で死ぬより河豚で死ぬほうがビックリなんだと妙に納得?
ちなみに料金は300ユーロ(約5万円)、このお金で麻薬を買わないようにと祈りながら別れました。
*牧師さんによると彼らは人里離れたところで暮らしているので麻薬を手に入れるのは不可能だということです。
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昼食をご馳走になったレストラン「mirador de moraima」からの見えるアルハンブラ宮殿

18日の夜9時corboba出発の列車でグラナダへ向かいました、夕食付のチケットだったのでビールを飲みながらマカロニととサラダの食事をしながらの、のんびりした2時間半の列車の旅でした、granadaに着いたのは11:30、タクシーはたくさん並んでいるのですがお客はタクシー乗り場に並ぶのではなくそれぞれがタクシーを捕まえにいくので正直に並んでいる私のとこにはタクシーは来ない状況です、タクシー乗り場なんてないのも同然です、結局乗れたのは誰もいなくなって私が最後でした、やっとホテルに着いたらもう12時を過ぎていました。
翌日mariquillaのスタジオから迎えに来てくれてスタジオに11時に着いたのですがCordobaと同じ状況が起こり誰も応募者が来ません、一応13時までスタジオで待っていたのですがその間mariquillaが日本にいったら凄い人気が出るだろうとか、娘のtatianaの舞踊団の資料を渡されて2時間話を聞かされっぱなし、結局自分のスタジオの宣伝ばかりでした、granadaも子供の習い事のスタジオがほとんどでした、また個人のスタジオでオーディションをすると他の教室の先生やプロのダンサーたちは尋ねてきにくいらしく今後個人経営のスタジオでのオーディシヨンは考えなくてはと思っています。
結論は地方のフラメンコスタジオは先生探しにはまったく関係ないことが今回のcordobaとgranadaで判明し今後の課題が残りました。お昼は大阪に来ていたmaria del marのお父さんが経営するアルハンブラが見えるアルバイシンの丘にある素敵なレストランで食事をご馳走になりsevillaに夜8時発の列車で帰りました、着いたのは11時30分疲れた1日でした。
ずいぶん前に福岡に来ていたホルヘのスタジオで11時からオーディションを行う予定で待機していたのですが、結局1時まで待っても誰も現れず大失敗です、前もってコルドバにあるスタジオには案内を送り、感触は良かったのですがホルヘとバルで話をするうちに事情がだんだんと判明してきました、リストアップしたスタジオは半分は閉鎖されており後は全て子供相手の日本で言う習い事の教室でした、それでも気を落とさず訪ねた教室も集まってくるのはお母さんに連れられてフラメンコスカートの子供ばかり、次ははjose barriosの先生だったana rodoriguesスタジオを訪ねたのですがここも子供ばかり、次はAntonio alcazarという夫婦で運営しているスタジオも子供ばかり、結局コルドバのフラメンコスタジオは子供相手の習い事教室ばかりだったのが判明、これでは応募者がないのは当然の結果だったようです、明日のグラナダでの結果が心配になってきました。
さていよいよsevillaでのオーディションに向けて準備の作業に入りました、前もってリストアップした有名な先生のスタジオやフラメンコ施設にポスターを貼ってもらう為に訪ねていくのです、まず始めに訪ねたのが「museo del flamenco」というクリスティーナオヨス監修のアンダルシア州が運営している「フラメンコ美術館」を訪ねました、電話でのアポイントでは責任者は今施設のプロモーションで日本に行っているので資料だけなら受け取りますとの返事、早速訪ねて館長の秘書の部屋で資料を見せて話を聞いてもらっていると話の内容を聞いた館長が自分の部屋に通してくれてなんと館内を自分が案内するというのです、まず案内されたのがフラメンコを専門に描いている画家の卵たちに無料で開放しているアトリエ、壁にはたくさんのフラメンコの絵が飾られていました、その次はフラメンコの歴史を映像で見せる部屋に案内されました、日本語のナレーションも聞けてなかなかのテクノロジーでした、その次はフラメンコ衣装の展示室を案内され、実際に着用していた有名なダンサーの衣装が飾ってあったり、アンティークな衣装のレプリカなどが展示してありました。地下にはクリスティーナ・オヨスが舞踊団で使った衣装のデッサン画が壁一面に展示されていました、またまた何箇所かの壁面にはフラメンコの映像が常に写されており、1階には電動で上下するステージがあり、時たまフラメンコの公演も行われるそうです、フラメンコ関係施設でこんな進んだハイテクな設備は驚きでした、でも少し気になったのはほとんどの展示物や内容が監修に携わったクリスティーナ・オヨス関係で、展示内容が偏っていて、やはり後で聞いたところによるとフラメンコ関係者の間では評判はいまひとつということです、最後に次のオーディションは無料で提供しますので是非この館内のスタジオを使ってくださいとのうれしい申し出でを頂きました、ちなみに受付はイタリア人、フラメンコグッズの販売員はアメリカ人、館長はドイツ人でした?
その後2,3の貸しスタジオにポスターを張り最後に訪ねたスタジオでフラメンコ関係者の中で大変評判の良いアンヘル・グラナドスがレッスンをしており、久しぶりの再開で
レッスンの後近くのバルで一騒ぎしました、写真に写っているのは以前京都にいてスペインで自動車事故で亡くなりかけていたviridianaです、もうすっかり元気になりレッスンに励んでいました。

館長のkurtgrotsch氏
guranadosと
グラナドスと
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真ん中がビリディアナ
今日はスペインのナショナルデーの休日で
朝から軍事パレード等があり、街は賑やかです。
そんな日にオーディションを設定してしまい、応募者があるか心配していたのですが
そんな日にもかかわらずたくさんの応募者が集まりました。
スタジオに集まってもらい、私共の教室の説明とDVDを見せて
各自にコンディションの入った封筒を配り一度全員外に出てもらい、1人ずつ行います。

今回は京都にいた石田さんと
こちらで長い間住んでいて、すでにプロとして仕事をしている飯島ちあきさんという方に
生徒役になってもらい始めました。
7種類のリズムをパルマとサパテアードで刻んでもらい
そのあとサパテアード、ブラッソ、振り付けなどの模擬レッスンをしてもらい
自分の踊りを踊ってもらって終了です。
中には緊張して振り付けがうまく行かない人もいましたが
8名のうち6名が合格というこれまでで一番良い結果になりました。
また今回2ヶ月の契約期間としたのが良かったのか
すごく良いレベルのダンサーが集まりました。
最近、4ヶ月など長い期間は嫌がり、2ヶ月ならほとんどのダンサーがOKです。
これも今後の講師の契約の大きな課題となりそうです。
何はともあれ、マドリードは良い結果で安心しました。
これからGranada、Cordoba、Sevilla、Jerezと
後4箇所の都市でのオーディションが残っています。
日本の生徒の皆様に少しでも良いスペイン人講師を紹介したく頑張っています。

タブラオ「カサ・パタス」ウェブサイト


最近フラメンコのアーティスト達の間で常に話題に上る女性ダンサーの
Belen Lopezのステージが"Casa patas"であるというので
是非一度見てみたいと思い、夜中の12:00開演にも関わらず、見に行きました。

さすがスペイン!
12時には入り口の前に長い列ができているのに
中ではまだリハーサルの音が聞こえてきます。

やっと中に入れたのが12:30、それから更に始まるまでに30分。
始まったのは午前1:00、最初にBelenの相手役のSergio Alandaという
若いイケメンの男性ダンサーとのデュエットのSiguiriyaでプログラムが始まりました。

1部ではSergioがSoleaを踊りました。
キーボードとギター2本とカンテ1人
パーカッションというバックミュージシャンの編成です。

カンテを体いっぱいに感じながらのサリーダはぞくぞくする程の感動的な始まりでした。
それからのサパテアードの凄さは、想像をはるかに超える素晴らしいもので
最近のフラメンコのレベルの高さに脱帽です。

いよいよ2部はBelenの登場です。
曲はAlegriasで、カンテの部分はやはりゆっくりとカンテを聞いて
感情豊かな踊りで始まりました。
それからの踊りは見ているものの感情を
これでもかこれでもかと揺さぶる程の凄い迫力で
これぞ観客にあたかも戦いを挑んでいるような攻撃的な踊りで
終った時には完全に彼女の世界に引きずり込まれていました。

私自身は激しいだけを売り物にしているダンサー達が最近多いのを
批判的な目で見てきたのですが
ここまで魂を揺さぶられるともう何も言う事はありません

アルテがある一流のダンサーはどんなスタイルのフラメンコでも
見ているものに大きな感動を与えるものだという事を改めて感じた一夜でした。
ちなみに終演は夜中の2:30でした。
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コンセルバトリオの講師juanmaと

いよいよ12日に講師のオーディションが始まりますので
応募者集めに毎日フラメンコ教室を訪ねています。

今日はマドリードのコンセルバトリオのフラメンコ課の講師をしている
コルドバ出身の男性ダンサーJuanma(ホアンマ)を訪ねました。

弱冠32歳ですが、自身の舞踊団も持ち、定期的に公演も忙しい中快く対応してくれました。
次の公演の踊りの練習中で、ギタリストのFelipe Mayaと一緒でした。
彼は私が以前習っていたギタリストで
久しぶりの対面で昔話に花が咲き懐かしい時間を過ごしました。

コンセルバトリオを卒業したダンサー達を紹介してくれるという事で
彼との面会は終わりました。
12日に一人でも多く応募してくれる事を願う毎日です。
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Cocido Madrileño
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漬物串刺し
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塩辛いいわし

スペイン出張の日曜日恒例の「ラストロ」にぶらぶら出かけました。
特別買い物の予定もないので、今回は食べ歩きのハシゴをする事にしました。

まず一軒目はいわしの鉄板焼きです。
目の前にある鉄板で、ひたすら2人のおばさんがいわしを焼いてはお皿に入れて
塩を一掴み手でつかんで、雑に降りかけてお客さんに出します。

いわしのウロコも丁寧にはとってなく
口の中は塩とウロコでグチャグチャで身を食べるのに一苦労
当然頭や骨は床にペッと吐き出し、床はいわしの頭と骨とでいっぱい
これがスペイン風食べ方?

隣の店には日本で言うなら漬物屋さんがあり
オリーブの実や、きゅうり、らっきょもどき等が大きな壷に入っていて
小さな紙コップいっぱいにしてもらって、歩きながら食べます。
何種類かを串に刺した「漬物串刺し」を2本かって立ち食いです。
ちなみに2本で1.8ユーロ(297円)でした。

帰りには日曜日によく家庭で食べる「Cocido Madrileño」
豚の肉、鳥の肉、チョリソ、ガルバンソ豆等のごっちゃ煮料理をレストランで食べました。
家庭料理を一人で食べるのは少し寂しいですが
そんな事も吹っ飛ぶ程の料理の量でびっくり!
お昼のランチですが、値段が9ユーロ(1500円)が
最近のマドリードでの平均ランチ値段です。

高いと思いませんか?
最近のスペインの物価高には驚きです。
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マドリードのタブラオで、本格的なショーを見せるので有名な
「las carboneras」に日本人ダンサーが出演しているとの情報が入り
急いで予約を入れたのですが、満席で立見席ならという事で見に行きました。

大きなスペイン人ダンサーに囲まれて、小さな体のノリコさんでしたが
オープニングのファンダンゴでもかなりステージ慣れした感じで
他の2人に決して見劣りしない淡々とした雰囲気の踊りで、気負いがなく
オープニングとしては素晴らしい出来でした。

さて自分のソロは「solea」で、ゆっくりと2つ目のカンテから踊り始めました。
カンテを存分に、また贅沢に使う構成にはさすがスペインだという感じで始まりました。
サパテアードもしっかりしており
踊りの表現は感情を抑えて抑えて、でもその中に激しいものを秘めているという
日本人独特のスタイルを築き上げているのかなと思いました。

後から彼女に話を聞いたのですが
「どこに出演する時も誰にも知らさずそっと踊ってそっと終わりたいんです、恥ずかしいので」
との事。彼女の人柄を感じたひと時でした。

それにしても、スペインのタブラオで何気なく出演しているのは凄い事だと思います。
日本に帰った時は是非私共の「viernes flamenco」に出演して下さいと言って別れました。

三重県のノリコさんというだけで苗字も知りません。
これから調べます。
マドリードのteatro zarsuela劇場で「マリア・パヘス舞踊団」公演があり
Jose Barriosに招待してもらい、初日の舞台を見に行きました。

1列目でしたが、オーケストラボックスがあったのでちょうど良い感じで見る事ができました。

作品は日本で初演された「sevilla」で
彼女の故郷であるsevillaの雰囲気いっぱいの構成で
舞台装置、音楽、演出とどれをとっても素晴らしく
群舞もそれぞれのダンサー達の個性が出ており、一人ひとりの踊りが楽しめるという
群舞ならではの構成で完成度の高さには感動しました。

最後は「ボーラレ」の曲に乗って
舞台いっぱいの星空の下で踊るマリア・パヘスの独特の世界で終わり
観客は総立ちで拍手は10分ほど鳴り止みませんでした。
こんな幸せな気分にさせてくれた「マリア・パヘス舞踊団」に感激の一夜でした。

* この公演には、一緒に招待されていた10年ほど前に大阪に講師としてきていた
Julianと一緒に行きました。
現在は現役を引退しホテルのレセプションで働いているそうです。
くれぐれも大阪の生徒さんによろしく伝えてくれとの事です。

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公演の明くる日、Jose Barriosが「casa patas」に出演する
グループのリハーサルが終わった彼の仲間たちです。
右からJose Barrios、ダンサーと歌い手のElena Andujar
ギタリストのAntonio、マリア・パヘス舞踊団のダンサーとギタリストのissac達です。

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Julianです。
3日の夜8時頃、Sevillaの私どもの衣装工房がある
Alcala de Guadairaの村を洪水が襲いました。

私は幸い現在マドリードにいて助かったのですが
工房のすぐ裏の通りが川のようになり、30台の車が重なり合って流れている様子を
テレビのニュースで何回となく繰り返し放送されており、2人が亡くなったそうです。

朝食をいつも食べているカフェテリアも水浸しで
そこの主人もインタビューに答えている様子や
直径30cmの大きな氷(雹)が降り、鳥たちがたくさん死んでいる様子も放送されていました。

ここ2,3日スペイン全土で雷や洪水が起こり
至る所で道路や家が水に浸り、各地で大きな被害が出ています。

29日と30日とパルケのオーディションをマドリードで行いました。
初日は女性ダンサー12名と男性ダンサー4名の応募者がありました。

まず全員に15分位で振り付けをし
その後4名づつ前に出て踊ってもらい実力を判断します。

マドリードはレベルが高くて
Joseの難しいTangoの曲を短時間で振りを覚えて
自分のものにして踊らなければならないのは相当過酷ですが
そんな短い時間でも皆それなりに個性が出ていて感心させられました。

ただ単に振りを覚えるのではなく
自分の感情表現がいかに踊りに出せているかが
合格の判断基準になります。

2日目の応募者はレベルが低くJoseの振り付けも途中で終わり
全員不合格という厳しいものになりました。

私ども日本人の考えではせっかく応募してきたので
最後まで見てあげようとと思いますが
こちらはだめなものは駄目
これ以上続けても無駄という考えには納得かな?